INDUSTRIAL

イメージセンサー

地球環境問題への挑戦
3Dセンシング技術と水中ドローンで北海道・厚岸湾の藻場を解明せよ

2023.08.16

大気汚染、資源の枯渇、温暖化……。地球環境に関わるさまざまな問題が同時進行する中、それらを食い止めるべく、ソニーグループと北海道大学は2022年4月、「ソーシャル・イノベーション部門 for プラネタリーバウンダリー」を立ち上げました。これは、世界トップレベルの最先端テクノロジーと、脈々と蓄積されてきたアカデミックな知見を融合させて、主に農業、森林、海洋分野の課題解決をめざすプロジェクトです。
この3分野において、特にテクノロジーの活用が期待されているのが海洋。地球表面の約7割を占める海洋は陸上とは異なり、人間が直接見ることのできない部分が多く、なかなか調査や研究が進まなかった領域だからです。
そうした状況を受けて、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、SSS)は、アマモ場・海藻藻場(ブルーカーボン生態系)の変化を解明しようとする北海道大学北方生物圏フィールド科学センターとの実証実験に乗り出しました。本記事ではその具体的な取り組みについて、責任者に話を聞きました。

仲岡 雅裕

北海道大学 教授
北方生物圏フィールド科学センター・厚岸臨海実験所 所長

大橋 栄二郎

株式会社FullDepth
開発部 部長

松井 康浩

SSS 第3研究部門 兼 SGC テクノロジープラットフォーム Exploratory Deployment Group

世界中で機運高まる「ブルーカーボン」

7人ほどが乗った調査船が北海道東部の厚岸湾を疾走し、沖まで出たところで船は停止。乗組員が両手で担ぎ上げた装置を海中に沈めました。しばらくして船上でPC画面を見ていた別の男性から「藻が見えますね」という声が。その後も、湾内で場所を移動しては同様の取り組みを繰り返していました。

SSSと北海道大学、そして水中ドローン(ROV:Remotely Operated Vehicle)メーカーのFullDepthは、22年春からこのような藻場調査を定期的に行なっています。

―― 海の中に投入したのは、どのような機材でしょうか。

(SSS・松井)
「FullDepthの市販ROVにSSSのセンシングカメラを搭載したオリジナル装置です。このカメラには撮影画像を解析して周辺環境のリアルな3Dモデルを再構築する『三次元環境センシング技術』が実装されています。装置は実証実験のたびにグレードアップしていて、今日(23年4月末)は音響センシングによって海底までの距離を測るソナーを新たに備え付けました」

そもそも、なぜ藻場を調査しているのかといえば、北海道大学北方生物圏フィールド科学センターで以前から取り組んできたブルーカーボンの研究を加速させるためです。ブルーカーボンとは09年に国連環境計画(UNEP)が命名した、藻場・浅場などの海洋生態系に取り込まれた炭素のこと。地球温暖化対策において二酸化炭素(CO2)の新たな吸収源として世界的に注目されています。すでにCO2の吸収量を売買する「ブルーカーボンクレジット」の取り組みも始まっています

こうしたニーズの高まりもあって、ブルーカーボン量を正確に把握することは至上命題になっています。この分野の有識者であり、30年以上にわたり海洋生態系の研究をしてきたのが、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター・厚岸臨海実験所所長の仲岡雅裕教授(以下、仲岡教授)です。世の中の盛り上がりは歓迎するものの、自分たちだけでブルーカーボンの調査を進めるには限界も感じていました。

(北海道大学・仲岡氏)
「これまでも藻場の分布の変化などに関する研究を行っていましたが、気候変動対策にブルーカーボンを活用するのであれば、国家レベルで広範囲かつ微細に調査しなければなりません。通常、大学が単独でやる場合は、広く粗くやるか、狭く細かくやるかのどちらかです。広く細かくやるためには、最先端の観測技術などを入れて、研究を革新的に飛躍させないといけない状況でした」

その点で、SSSとの共同研究の機会は大いに意義があると仲岡教授は力を込めます。

衛星写真や空中ドローンだけでは不十分

── これまで北海道大学ではどのように藻場を調査していたのでしょうか。

(北海道大学・仲岡氏)
「従来は衛星写真や空中ドローン、あるいはダイバーによる海中潜水調査が主流でした。ただし、空中からの撮影だと水深の深い箇所まで映らないという問題と、調査範囲の問題がありました。たとえば、藻場のように見えるけど、実は茶色の岩場だったということもよくあります。また、気になる場所は潜って調べるわけですが、海の中で作業するのは、スキルや体力が必要で、多くの場所を調べるには時間も人も不足しています

もちろん、水中ドローンを使えば現状よりも改善することはわかってはいたものの、大学で高価な機材を購入するのはハードルが高く、断念していたのが実状でした。そうした中でのSSSおよびFullDepthとのパートナーシップに仲岡教授は期待が膨らんだといいます。

── FullDepthはどのような経緯でプロジェクトに参画したのでしょうか。

(FullDepth・大橋氏)
「もともと、私たちも水中のインフラ設備などを点検するために、水中カメラの機能実装を望んでいました。ちょうどSSSさんがそのカメラを開発することを知り、当社の水中ドローンと組み合わせて海中をモニタリングしていこうとなりました。『水の中の情報化』がFullDepthのコンセプトであるため、その一環として藻場の調査も協働しています」

ソニーグループ自体も、地球上のあらゆる場所をセンシングするための社内プロジェクトである「地球みまもりプラットフォーム」を立ち上げており、松井はそのチームの一員です。

(SSS・松井)
「今までソニーグループの技術開発は、人々を楽しませるものがメインでした。ただし、これからは人間が楽しく生きていくためには、持続可能な社会環境がなければいけないという危機感を持っています。そこで地球自体をセンシングして、リスクを未然に予兆、予防することに取り組み始めました」

── そうした中で北海道大学と手を組んだのはなぜでしょうか。

(SSS・松井)
「地球をセンシングしたいけど、自分たちの力だけでは不可能です。適切なパートナーと組むべきだろうと考えていました。また、海にセンサーを入れるといっても、実証実験する場所もありません。日本中を見渡したとき、恵まれた自然環境があって、海洋生態学の専門家がいる北海道大学がパートナーとして最適だったのです」

三者それぞれが得意な分野を生かすことで、これまで難しかった「海の見える化」を実現できるかもしれない。こうして22年4月、厚岸湾で実証実験が始まったのです。

藻場の豊かな厚岸湾だが、実証実験の難しさも……

現在、日本のブルーカーボン生態系の4分の1が北海道に存在しています。その中でも厚岸湾は有数の藻場が広がるエリア。藻場を構成するアマモの成長率は世界トップクラスで、葉が一日で数センチから十数センチ伸びることもあるそうです。「竹のような感じ」だと仲岡教授は表現します。

その反面、藻場を調査する際に生き生きとしたアマモや海藻がネックになることがあります。

(北海道大学・仲岡氏)
「一番の問題は水中ドローンがアマモや海藻に絡まること。漁船でもプロペラにアマモが絡まって、漁師が困っています。単純な問題だけど誰も解決していない。また、海藻が動くことも悩みの種です。たとえば、珊瑚礁は動かないけれども、藻場はゆらゆらと動きます。普通のカメラではどの瞬間を映したのかで見え方はだいぶ変わってきます」

さらには、厳冬の北海道は海へ出られないため、海中調査できる時期は4月〜10月ごろと限られています。そうした過酷な条件が今回の実証実験の難しさを物語っています。

いざ実証実験が始まると、最初のつまずきは藻場の密度でした。水中ドローンが入っていけない、カメラに近すぎてセンシングできないといった課題がすぐに出てきました。しかし一方で、水中ドローンの位置が浅すぎると、暗い海中ではカメラが物体をとらえきれません。装置にライトを備え付けるなど、試行錯誤を繰り返した結果、海面から約5メートルの深さで水中ドローンを動かすことが最適だとわかりました。

さらに、水中ドローンならではの課題もあります。

(FullDepth・大橋氏)
「空中のドローンはGPSが付いているため飛行場所がわかりますが、水の中はそもそもGPSが機能しないため、水中ドローンの位置を把握するのが難しいのです。そこで船やブイにGPSを装着し、その下に音響装置を付けて、水中ドローンと交信することで位置情報をつかむことができます。しかしながら、まだまだ精度は低く、陸上だと数センチ単位のズレしかないのに、水中だと1桁も2桁もズレが広がってしまう状況です」

ミリ単位で藻場の3D形状を計測

まだまだ試行錯誤の途上とはいえ、この1年数ヵ月の間にいくつかの成果が生まれています。一つは藻場の細かな状態を船の上から見えるようになったことです。

(北海道大学・仲岡氏)
「深い場所に分布する海藻は、空や海上からは見えないため、実際に潜らないとわかりません。また、どんな海藻がどのくらい生えているかは、市販の水中カメラを垂らしただけでは追えません。水中ドローンによってある程度のめどはたちました。私は長年この海を見ていますが、こんなところに藻場があったのかという驚きもありました」

もう一つは、三次元環境センシング技術によって、藻場の3D形状が1ミリ以下の誤差で計測できるようになりました。

(SSS・松井)
「藻場の幅や、海藻の葉の太さや高さも水中ドローンで計測できます。今まではダイバーが海に潜って、海藻に定規を当てて測ったり、カットして地上で測ったりしていました。それを海中でリアルタイムに、かつ自然環境に影響を与えずにデータを取得できるようになったのは画期的だと思います」

── この革新の裏には、ソニーグループのどういった技術力があるのでしょうか。

(SSS・松井)
「水中ドローンには、最新モデルである第4世代のグローバルシャッター方式イメージセンサーを搭載しているため、感度が高く、ブレのないクリアな画像が撮れています。それに高速で動くドローンであっても、リアルタイムでミリ単位の3Dセンシングができるのは、私たちのユニークな技術があるからだと感じています」

── こうした成果に対する、北海道大学としてのメリットは何でしょうか。

(北海道大学・仲岡氏)
「今まではすでに開発された製品を買ってきて、観測するしか方法はありませんでした。SSSと共同研究することで、実証実験のフィードバックがどんどん反映される技術開発の現場を目の当たりにできたのは、大学側として大きなメリットです。もちろん、見えていなかった藻場が見えるようになって、ブルーカーボンの研究も進展しています。パートナーシップの相乗効果を実感しています

今回の共同研究は、学生にとっても刺激になっているようです。

(北海道大学・仲岡氏)
「生命の起源や仕組み、海の生物についてなどの基礎科学を学ぶことも大切ですが、それをどう生かすかという応用のほうにも学生は関心があります。今回のように技術的な進歩があると、これまでわからなかったこともわかるようになる。そうした点でも産学協同は役立つし、次世代の若者の教育にもメリットがあると改めて実感しています」

地球にもビジネスにも貢献したい

このプロジェクトがめざすのは、海中を情報化し、藻場の地図を作り上げること。ブルーカーボンクレジットの仕組みができ上がりつつある中、どの場所にどれだけの藻場があるのかをレポートするためにも必要になるのは間違いありません。

ただし、地図を作るには解決しなくてはならない課題があります。最たるものは人的リソースの削減です。そのためには水中ドローンによる調査を「自動化」することが求められています。これによって汎用性が高くなり、国内外のより多くの地域で活用が進むでしょう。

また企業活動として、「社会貢献活動を前提としながら、事業としても昇華させられるか。」という視点も欠かせません。

(SSS・松井)
「カーボンクレジットだったり、水中ドローンを活用したインフラ点検サービスだったりと、会社に貢献できるビジネスにつなげていきたいと考えています。他方で、海の危機的な状況を少しでも改善するために、企業としても引き続き地球環境問題にコミットできればと思っています

企業、大学と立場は違えども、海を守るという同じ志を持ったメンバー。大きな使命感を胸にこれからも厚岸湾の藻場調査を進めていきます。

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