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谷口健博
東條剛
松山佳司
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INDUSTRIAL

半導体レーザー

15年の集大成!記憶容量倍増と環境負荷軽減をもたらす
次世代HDD用半導体レーザー開発の舞台裏

2024.10.16

2010年代から加速する通信速度の向上やデータストレージのクラウド化により、データセンター用の記憶装置となるハードディスクドライブ(以下、HDD)の需要は右肩上がりに増えています。また、今後生成AIの普及が進むことで、さらなる成長も期待されています。
ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、SSS)は、米国シーゲイト・テクノロジー・ホールディングス(以下、シーゲイト)とともに、熱アシスト磁気記録(Heat Assisted Magnetic Recording/以下、HAMR)と呼ばれる方式に対応したHDD用の半導体レーザーを開発。2018年から白石蔵王テクノロジーセンターで出荷を開始し、2024年5月には新設したタイ工場で量産を本格的に開始しています。長期にわたる開発プロジェクトが実を結んだ、その経緯について、プロジェクトマネージャーの谷口健博とプロジェクトリーダーの東條剛、ウェーハ工程の開発・改善業務を担当してきた松山佳司に聞きました。

谷口健博

谷口健博

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
アナログLSI事業部

東條剛

東條剛

ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング株式会社
アナログLSI製品部門

松山佳司

松山佳司

ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング株式会社
アナログLSI製品部門

HDDの容量倍増を可能にする新技術HAMRとは何か?

―― 新しく開発したHAMR向け半導体レーザーとは、どのような技術なのでしょうか。

谷口

まず、HAMRとはHDDの記録密度を向上させるための技術です。これまで採用されてきたHDDの記録方式は、垂直磁気記録(Perpendicular Magnetic Recording/以下、PMR)と呼ばれるものが主流でした。そして、各HDDメーカーは、1枚のディスクの記録密度を上げることによってHDD 1台当たりの記憶容量を増加させようとしのぎを削ってきました。ただ一方で、このPMR方式では、これ以上記録密度を上げることができないという物理限界も指摘されていました。その記録密度を飛躍的に向上させるための新技術がHAMRです。HAMRは、記録時にレーザー光でディスクを局所的に瞬間加熱することで、高密度で記録することを可能にする技術です。これによりHDD 1台あたりの記録容量を2倍以上へと飛躍的に向上できます。HDD1台あたりの記録容量が大きくなれば、データセンターを巨大化させずに扱えるデータ量が増やせます。そうしたことからも、今後、データセンターの主流はHAMRになることが業界の共通認識になっています。

HAMR方式に対応したHDD用半導体レーザー
HAMR方式に対応したHDD用半導体レーザー

―― 今回のプロジェクトの経緯について教えてください。

谷口

2010年1月、SSSがHDDを製造するシーゲイトから半導体レーザー開発のオファーをいただいたのが始まりです。その時点で、すでにデータのクラウド化が世界的に進み始めており、今後HDDはデータセンターでの需要が拡大すると予想されていました。HDD用の半導体レーザーによって、その市場に参入できれば大きなビジネスチャンスとなりますし、2000年代後半から低迷していたレーザービジネスを立て直せると考えました。ただ、同社から要求されたレーザーの仕様は、旧来のレーザーのものとは比べものにならないほど難しいものでしたので、そこから両社で議論を重ねながら開発を進め、15年に及ぶ歳月をかけて実現させました。

当然、その15年近くは売上が立たないわけです。ですから社内的にもわれわれのチームが置かれた状況はかなり厳しかったですね。特に、モバイル用を中心にイメージセンサー事業が拡大している時期だったため、リソース配分の観点から事業撤退を求められることが何度もありました。

ですから辛抱に次ぐ辛抱の15年間でした。指数関数的に増加するストレージ需要を満たすためデータセンターが次々に建設されていること。データセンターの建設コストやランニングコストが膨大になっているため、HDDの容量増に対してニーズがますます強まっていること。データセンターの消費電力増、CO2排出量が増えることによる環境負荷が大きくなって社会問題化してきていること。HAMR HDDは、HDDの記録密度を上げることができるため、そうした社会課題を解決する手段の一つになる。だから、たとえ時間がかかったとしても、必ずHAMR HDD用レーザーのビジネスは大きく花開くはず。そのことを信じ、社内を辛抱強く説得し続け、そしてようやくここまで辿り着くことができました。

極めて高い品質信頼性と量産体制を両立するために

―― 今回の開発における技術的な挑戦と解決についてお話しください。

東條

プロジェクト全体を通して、一番のチャレンジとなったのは「高い品質信頼性の実現」でした。そのための手法を絞り込むのに、かなり時間をかけました。通常、半導体レーザーは高出力で光らせると急速に劣化して故障してしまいます。

最初にシーゲイトの要求する品質信頼性を聞いたとき、「故障率をppmオーダー(ppmは100万件あたりのエラーの発生率を指す。1ppmであれば100万件中1件のエラー)に抑えなければならない」というものだったので大変な仕事になるなと思いました。使っている材料を見直す検討から始めましたが、その材料の検討だけでも2年〜3年くらいかかりました。

谷口

そのあと、ターニングポイントになったできごとがありましたね。

東條

そうですね。2015年頃のことですが、当時は伝統的なレーザーの構造を採用していて、ある程度のレベルまでは品質信頼性、すなわち寿命の向上を達成できていました。だけど、シーゲイトが求める水準をクリアするには、もうあと3桁くらい故障率を下げないといけない。これまでの構造を採用し続けてよいのかという疑問が生じ、結果、伝統的な構造を捨てることにしたんです。

谷口

当時、シーゲイトには毎月数万個の評価用サンプルを提出していましたので、定期サンプルを作りながら、同時に、要求されていた品質信頼性をクリアするための改善・改良を続けなければいけませんでした。その二つのことを同時並行で進めていって本当に両立できるのだろうかと散々迷った末の決断でした。結果的にはそれが最初の転換点となりましたね。

東條

もう本当に、すべてを一から開発し直すぐらい大変な仕事でしたね。

東條氏インタビュー画像

―― 材料選定の基準はどのようなものだったのでしょうか。

東條

基準は電流を流したときの劣化率です。超長寿命を要求されていたので、欠陥原因となる要素が通電後に生じていないかという視点で絞り込んで、劣化したものは全部解析することにしました。

プロジェクトメンバーと議論しながら開発を進めていったわけですが、どうしても故障率を0.01%以下に低減できないという壁に突き当たりました。そのために、全く新しいアプローチで、新しい試作品をつくった。それを信頼性の試験に投入したところ、最終的に要求されたppmオーダーの信頼性を担保できるものが実現できたのです。

谷口

あれには感動しましたね。これまでの定説に反するアプローチだったために、当時私は極めて懐疑的でしたが、東條さんたちのアイデアが正解でした。あれが決定的なブレイクスルーでしたね。

東條

これまでのわれわれのセオリーに反する構造でした。ですから、不安が全く無かったと言うと嘘になりますが、私はきっとうまく行くという確信があったので、試作の結果が出てくるのが楽しみでした。2018年のことでした。

半導体レーザーの設計・製造拠点である白石蔵王テクノロジーセンターのクリーンルーム。
半導体レーザーの設計・製造拠点である白石蔵王テクノロジーセンターのクリーンルーム。

―― 松山さんは繰り返し試験をする現場を担当されていると伺いました。プロジェクトを通してどんな課題に取り組まれてきたのでしょうか?

松山

私は2012年からプロジェクトに加わって、最初にレーザーの前工程にあたるウェーハプロセスの設計業務を担当していました。当時の課題は、工程の簡略化によるコスト削減と品質の維持を両立するプロセスの開発ですね。工程数、リードタイムの面でコストがかかっていたため、寿命や耐久性を担保できても大量生産には適さなかったんです。当初のプロセスでは試作の結果が出るまでの評価期間がだいたい1カ月以上でしたから。最終的により簡易的なプロセスを徹底的に工夫/検討することにより、品質を保ちながら工程数を半分以下にできました。

松山氏インタビュー画像

事実と推論は分けて考え、真摯にデータへ向き合う

―― 本プロジェクトを成果に結びつけられた要因にはどんなことがあると考えられますか。

東條

今回のプロジェクトは、デバイスと装置のエンジニアが一体となって進められたことが大きな特徴でした。このプロジェクトがうまくいった要因の一つは、デバイスと装置開発のチームが密接にやり取りをしながらいろいろな装置を内製したことで、それが実現できたことが成果だと思います。

心がけたのは各ユニット間での情報共有です。各ユニットのリーダーを集めて、毎週それぞれの進捗を報告しあい、お互いの状況を把握できるようにしました。谷口さんからは常に言われていたことは“Bad news first”。つまり、ともかく悪い情報を早くエスカレートすることです。そうすれば、少なくともリーダー陣はほかのユニットが何に困っているかを即座に認識できますし、チームとして能動的に解決の糸口を模索することができるようになります。

谷口

このプロジェクトは、最終的にめざすゴールイメージを各ユニット間で共有し、個々人が高い視座で業務を進められたことも良かったと思います。皆が目的を理解したうえで仕事をしていたからこそ、それぞれのセクションでブレイクスルーが起きていたように思います。

私たちがめざそうとしたのは、顧客から期待されている以上の結果を出すということです。「高い要求に対して期待どおりの結果を出して初めて一流。だけど、われわれは期待以上の結果を出す超一流をめざそう」と。そこは、やはり妥協してはいけないと考えていました。それぐらいの高い志を持ち続けたので、ここまで漕ぎつけることができたのだと思います。

事実と推論は分けて考え、真摯にデータへ向き合う

―― 目標を達成するまでのプロセスの中で得た教訓はありますか?

松山

プロジェクトを通して、データに真摯に向き合うことが非常に大事だと実感しました。昔から「データはうそをつかない」と言われていますが、そのデータが何を意味するのかをエンジニア目線で解釈して次のアプローチを考える──それを繰り返してきたことで今の成果につながったと考えています。

東條

いろいろな試行錯誤の中で常に考えていたのは、物理現象なので必ず解はあるはずだということです。納得のいく解が出るまで諦めず、しつこく考え続けることで、必ず何かがわかるはずだと。谷口さんからはずっと、「長いレーザーの歴史の中で、まことしやかに言われている仮説は“都市伝説”。裏付けるデータがないものは真実かどうかわからないからちゃんと調べよう」と言われ続けてきました。実際にその通りで、何かの現象について調べてみると、その原因が自分たちの予想とはまったく違っていたということが何度もありましたね。

何らかの問題が生じたとき、過去の経験や予断にこじつけたくなってしまうことはあります。考えることは苦しいから。ですが、こじつけてしまうと改善できず、場合によっては将来の不具合につながることもあります。ですから、このプロジェクトを通じて「都市伝説は信じない。データを真摯に見て得られた事実が真実だ」という目でものごとを見ることができるようになりました。

東條氏、松山氏インタビュー画像

谷口

新規ビジネスの立ち上げにチャレンジしていると、なかなか解がわからず苦しい場面がしょっちゅうあります。そのようなとき「これ以上追求されないように、早く楽になれるように、とりあえずこういうことにしておきたい」という思いが頭をよぎることがあります。でも、1回そうしてしまうと、そのことに端を発し後になって生じる矛盾を説明するために、またこじつけたり、最終的にはごまかしたりしなければならなくなるという負のスパイラルに陥ってしまうので、絶対にこじつけたり、ごまかしてはいけない。そのことは自分にもチームにも言い聞かせ続けてきました。わからなかったり、答えられなかったりするとき、事実と推論は必ず分ける。そして、推論には前提条件があるので必ずそれを明確にしておくことを心がけました。

どんなに不都合が生じて苦しい状況にあっても、顧客であるシーゲイトに対しても、社内に対しても、常に真正面から説明しきったのは、このプロジェクトにとって一番良かったことだと思います。相手は必ず問題が解決するまでトレースしてくれますし、そうすると常に自分もチームも、その問題に対して切実で居続けられます。そうした原則を守りながら白石蔵王テクノロジーセンターのメンバーが真摯に取り組み続けてくれたことが今日の成果につながったと思います。

谷口氏インタビュー画像

SSSには、デバイス技術で世界を変えるチャンスがある

―― プロジェクトの経験を踏まえて、次の世代の技術者に向けて伝えたいメッセージをお願いします。

東條

若いエンジニアの方には、データに真摯に向き合いながら全力を投入して開発に取り組んでほしいと思います。デバイス技術開発は、一度のチャレンジで即座に結果が見える性質の仕事ではなく、その一歩一歩は本当に遅々としたものですが、振り返ると大きな成果になっています。ですから強い信念でゴールを見据えて開発に取り組んでほしいですね。

松山

知りたいことがあればインターネットからいくらでも簡単に情報が手に入る時代ですが、得られた情報をしっかり自分の目で確かめて検証していくことを心がけています。半導体レーザー以外のウェーハプロセスに関する情報についても、実際に自分で検証しないことには本当に使えるものなのかは分かりません。得ることができる情報が多いぶん、それらを自分で取捨選択してその中から最適解にたどり着けるようにするのがエンジニアのスキルの一つだと考えています。そうしたことを今後も大事にしていこうと思います。

谷口

半導体レーザーには、長い歴史があり、開発され尽くしたという先入観を誰しもが持っていました。ところが本当に一から見直して磨き上げた結果、世界を変える程の力があるデバイスを作り上げることができました。

新しいデバイスビジネスをゼロから立ち上げるのは、想像以上に難しいものです。研究をいくら進めても芽が出ない、付加価値に見合うコストを実現できないなど、挫けそうになってしまいそうな試練が何度も立ちはだかります。しかし、SSSには新しいことにも果敢にチャレンジできるマインドを持つ社員がたくさんいますし、その情熱を内包する企業文化があると思います。これから新しく入ってくる若い技術者たちも、小さくまとまらず、「世界を舞台に戦って一本取ってやるんだ!」という気概を持って挑戦してほしいですね。

集合写真