CORPORATE

イベント

東京大学『半導体戦略概論』講義レポート~ソニーの視点で振り返る半導体業界の変遷~

2024.08.28

東京大学は、半導体への興味・関心の喚起による将来の半導体人材の育成を目的として、2024年上期にかけて『半導体戦略概論」を開講しています。この講義では半導体業界をリードするさまざまな企業から講師が招聘される中、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、SSS)代表取締役 兼 CEOの清水照士は2024年7月1日の講義を担当し、当日は工学部を中心とする学生約140人が参加しました。
本記事では、講義を通じて清水が語った半導体業界の変遷と、イメージセンサーをリードしてきたソニーの半導体の歴史および企業文化についてレポートしていきます。

半導体産業の変遷とソニーのポジショニングとは?

清水

本日は、これまでの半導体業界の変遷を振り返りながら、その中でソニーの半導体事業がどう変わっていったか、という視点でお話していきます。今でこそ、ソニーのイメージセンサー事業は注目を集めることが多くなってきましたが、過去は業界内でも決して優位な立場にはいませんでした。

最初に、半導体産業の変遷からお話します。お見せしているグラフには、1992年と2019年の売上ランキングが記載されています。1992年頃にかけては日本企業のシェア推移が高く、売上ランキングのトップ10に多くの日本企業が名を連ねており、日本のプレゼンスは非常に高かったことがわかります。しかし、それ以降、日本企業のシェア推移は徐々に低下していき、2019年のランキングではトップ10に入っている日本企業は1社のみとなっています。

半導体産業の変遷
拡大
半導体産業の変遷
拡大拡大

では、ソニーはどのようなポジションにいたのでしょうか。残念ながら、これまでトップ10に入ることはできておらず、1992年は18位、2010年は14位でした。直近2023年も、私たちSSSグループの売上は約1.6兆、為替換算で約110億ドルとなり、17位に位置しています。つまり、半導体業界全体から見たソニーのポジション自体は、ここ20年間あまり変わってはいません。一方、半導体市場は右肩上がりに成長しており、過去に比べて非常に大きくなっていると同時に、トップ10の顔ぶれも大きく変わっていますそのような中、ソニーは常に一定のポジションを維持してきました。今や上位に食い込める規模の日本企業は私たち含め3社ほどしか存在しないのが現状です。

半導体企業のビジネスモデル

清水

半導体企業には、大きく分けて二種類のビジネスモデルがあります。一つは、私たちSSSグループのように設計から製造まで一気通貫で行う垂直統合型です。もう一つは、設計と製造を複数の企業が分担して対応する水平分業型です。水平分業型のコンセプトは、TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company Limited)の創業者であるモリス・チャン氏によって生み出され、1990年代から水平分業型が広く普及していきました。

私たちのイメージセンサーは、その約90%は画素とロジックを重ね合わせた積層構造となっています。具体的には、画素とロジックでそれぞれのウェーハを作り、それを貼り合わせて配線し、カットして出荷する形態を採用しています。ロジックウェーハは、一部社内の工場でも製造していますが、大部分はファウンドリに委託しています。ファウンドリは製造に特化して高い技術力と設備を持っているため、大量生産によるスケールメリットを享受できます。我々は、ファウンドリに委託することで、自社での製造に比べて投資を抑えつつ、高品質な製品を安定的に調達できるのです。このように、自社の製造キャパシティを補完しながら、差異化領域である画素ウェーハにリソースを投入することで、イメージセンサーの技術革新と市場拡大を実現してきました。

半導体の主要な用途は?世界半導体市場の推移

清水

次に、世界の半導体市場の推移についてお話します。半導体の用途は、産業機器や自動車、コンスーマーカメラ、テレビ、コンピュータなど多岐にわたりますが、特にスマートフォンなどの通信向け用途が2010年頃から急速に拡大しています。2023年時点では、通信向け用途が全体の約3割強を占めるまでに成長しました。2010年頃にスマートフォンの通信が3Gから4Gに進化し、中国などの消費市場においても普及が進んだ時期と一致しています。

一方、ソニーの半導体の事業変遷を売上ベースで見てみると、1990年代は、大部分がLSIやメモリ、レーザーなどが占めていました。イメージセンサーが占める割合は非常に小さく、ニッチな領域だったのです。ソニーのイメージセンサーの歴史は、CCD(Charge Coupled Devices:電荷結合素子)から始まり、特にビデオカメラやデジタルスチルカメラでの高品質な画像取得に貢献していました。

2000年代中盤になると、ゲーム用のシステムLSIが事業の中心となりましたがその後撤退しました。一方、イメージセンサーとしては、2004年に、ソニーはCCDからCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor:相補性金属酸化膜半導体)への大きな転換を図ります。CMOSは、低消費電力、製造コストの削減、高速読み出し速度などの利点があり、2010年頃からデジタルカメラやスマートフォンの普及を受け、急速に需要が高まっていきました。これにより売上も大幅に伸び、イメージセンサーが占める割合も増大しました。
2024年の計画では、約1.8兆円の売上を見込んでおり、そのうち約90%がイメージセンサーによるものです。2023年における売上ベースのシェアは53%で、世界No.1のシェアを誇っています。

なぜソニーのイメージセンサーは世界No.1になれたのか?

清水

では、なぜソニーはイメージセンサーで世界No.1を実現できたのでしょうか。
まず初めに、1970年にCCDの開発を開始して以来、基礎技術の蓄積があります。これが私たちの競争優位を支えています。そして先ほど述べたとおり、2004年にCMOSへリソースをシフトしました。当時世界No.1だったCCDから、将来を見据えて後発のCMOSへ切り替えたのは、大きな決断だったと思います。
また、ゲームLSI(先端MOSプロセス)事業の撤退に伴い、多くの技術者がイメージセンサー事業に移行しました。CCD時代から培ってきた高画質技術と、ゲームのLSIの開発者たちが持っていた先端MOS技術やオープンイノベーションの文化が融合することにより、イメージセンサーの構造上実現が難しいとされていた裏面照射構造積層構造などの革新的な技術開発を成功させる要因となりました。

加えて、ソニーグループ内外の顧客からの要求や期待に応え続けてきたことも挙げられます。1980年にソニーのCCDが旅客機のカラーカメラとして世界で初めて実用化されましたが、当時はまだ画質に課題があり、大きな事業には成長していませんでした。その後も、ビデオカメラやデジタルスチルカメラなどの市場で成長し、世界シェアNo.1になるなど存在感は示していましたが、そもそもイメージセンサー市場自体が非常にニッチなものでした。今ほどの事業規模になったのは、CMOSにリソースをシフトし、主に2010年代のスマートフォンの普及に伴い、出荷量が急速に増加したからです。

また、ソニー内部には、セキュリティカメラ、ビデオカメラ、最近ではデジタル一眼レフカメラなど、イメージセンサーを搭載するデバイスを製造するユーザーがいます。そのため、どのようなセンサーが求められているのかというニーズを十分に汲み取ることができたことも大きな要因であると考えています。

人のやらないことに挑戦する。ソニーに受け継がれるDNA

清水

ソニーの創業期から受け継がれているチャレンジ精神、つまりソニーの企業文化も成功の要因の一つです。私は1980年に入社しましたが、最初に上司から言われた言葉が印象に残っています。「成果は大事だが、たとえ成果が出なくてもチャレンジする姿勢はそれ以上に評価される。目指していた結果が80%であっても、諦めずに取り組む姿勢を周囲の皆が見ている。だから、言いたいことを言い、やりたいことをやりなさい。」と。振り返ってみると、そのような企業文化がソニーには昔から浸透していると感じます。

CCDの開発を最初に始めたのは、ソニーの第四代社長である岩間和夫です。彼は「競争相手は電機メーカーではなく、フィルムメーカーのイーストマン・コダック社だ」と発言しました。写真産業が隆盛を極める中、岩間氏はCCDの将来性を感じ取り、新しい産業を切り拓くという大きな志を持っていました。また、「投資の回収は21世紀になるかもしれない」と語り、人がやらないことに挑戦する会社がソニーだとして、現場の技術者たちを励まし続けたと言います。

また、最近、私が社員に向けて伝えていることは、「誰に対しても誠実であり、良質なコミュニケーションを心がけてください。また、お客様の期待を意識して行動してください」ということです。研究開発に携わる人々にとって、自分のやりたいことを追求することは非常に重要ですが、それが常にお客様のニーズに合致しているかを常に意識しながら取り組んでほしいと思っています。そして、やるからにはいつまでにやるかの期限を設定し、コミットメントする姿勢を示すことが大切だと伝えています。

キャリアの考え方、新しい価値を創造するための意識改革と環境改善

清水

キャリアの考え方は近年多様化しているため一概には言えませんが、キャリアは自ら築き上げるものなので、その歩み方は人によってさまざまです。専門性を極める道もあれば、多様な経験を積んでゼネラリストになる道もあります。私はタウンホールミーティングの時間を設け、毎月35歳から40歳前後の中間管理職の社員と対話する時間を持っています。マネジメントを行う若い課長たちは、開発や設計など現場でさまざまな悩みを抱えているため、私はQ&Aを交えながら、自分の場合はどうするか、どのように考えるかといったことを話しています。その中で、私がいつも伝えているのは、「まずは目の前の仕事に全力を尽くしてください」ということです。中途半端に終わらせてしまうと、次に何か新しい仕事が降ってきてもできなくなってしまいます。しかし、一つの仕事をやり遂げられれば自信につながり、次に新しい仕事が来た時にその経験は必ず生きるということをよく話しています。

新型コロナウイルス感染症の流行により、リモートワークやオンライン会議が普及しました。しかし、新しい働き方が定着する一方で、いくつかの課題も浮き彫りになりました。たとえば、雑談を含むコミュニケーション機会の減少や、社員の仲間意識・帰属意識の希薄化が挙げられます。そのため、オフィスの役割や価値の再定義が必要であると考えました。私たちはリモートワークと出社を併用するハイブリッドな働き方を推進していますが、「自由な働き方」と「責任」はセットであることを常に意識するよう伝えています。

また、イノベーションの創出についても課題意識を持っています。イノベーションは、多くの人々がさまざまなアイデアを出し合い、活発な議論を通じて生まれるものだと考えています。しかし、リモートワークによりコミュニケーションの量が減少したため、対面でのコミュニケーションの重要性を再認識しています。そこで、最近はオフィス環境の改善に向けて自由なレイアウトが可能な環境を提供し、多少の費用がかかっても自由な発想を尊重する方針としています。

たとえば、大阪の設計拠点では、「エンジニアファーストのオフィス」を目指し、エンジニアの設計業務に最も適したレイアウトを考えることから始めました。他分野のエンジニアが一同に集まり設計業務を行うことで生まれるシナジー効果に加え、リラックスした環境下でのイマジネーションの促進やコミュニケーションの活性化を図っています。このように、対面でのコミュニケーションの価値を再認識し、社員同士が刺激し合うことでクリエイティビティを発揮させ、さらなる価値創造につなげていくために試行錯誤しています。

イメージング&センシング技術を通じて、驚きと感動に満ちた世界を

清水

SSSグループは2015年に分社化しましたが、私たちの社名や、ソニーが半導体事業を行っていることを知らない方も少なくありません。そこで、SSSグループが提供する価値を端的に伝えるメッセージとして、「Sense the Wonder」というコーポレートスローガンを掲げました。このスローガンには、人が何かを認識したり感じ取ったりすることを意味する「Sense」と、私たちの研究開発の原点である好奇心を表す「Wonder」の思いを込めています。これは、「好奇心を感じ、より多くの驚きと感動に満ちた世界をめざそう」と社会に呼びかけるための宣言であり、この思いに共感していただけるさまざまなステークホルダーとの出会いが、新しい価値の創造につながると信じています。

本日の講義を通じて、少しでも多くの方が半導体業界に興味を持ち、私たちの事業や企業文化について知っていただければ幸いです。これからも、私たちのイメージング&センシング技術を通じて、人々に感動を与え、社会の豊かさを創出できるよう、グループ一体となって挑戦を続けていきたいと思います。