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イメージセンサー

映画・ドラマの制作現場で新しい映像表現を実現するデジタルシネマカメラの開発秘話とは?

2023.07.31

2022年に公開された映画『トップガンマーヴェリック』や『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』は、ストーリーや世界観の美しさに加え、臨場感のある3D映像表現でも話題になりましたね。この2つのビッグタイトルをはじめ、邦画やドラマと数多くの映像制作の現場でソニーのデジタルシネマカメラ『VENICE』が使用されています。
近年、映画の制作現場はフィルムカメラからデジタルカメラへの移行の過渡期。ソニーは映像監督の声に耳を傾けながら、『VENICE』の特長を継承し、表現力と使い勝手を進化させた『VENICE 2』を開発しました。
今回はソニー株式会社(以下、ソニー)の『VENICE/VENICE 2』のプロジェクトリーダー・大庭裕二、イメージセンサー開発のプロジェクトマネージャー・寺井睦、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、SSS)でイメージセンサー開発に携わった上村晃史の3名に、映像監督に選ばれるデジタルシネマカメラのストロングポイントや開発秘話を聞きました。

大庭 裕二

ソニー株式会社
商品技術センター 商品設計第3部門

寺井 睦

ソニー株式会社
システム・ソフトウェア技術センター システム技術第2部門

上村 晃史

ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社
モバイルシステム事業部

映画業界のデジタル化へのカギは光や暗いシーンの描画力

── 今、映像制作の現場で求められているものとは?

(大庭)
映画・ドラマ制作の現場では、ようやくデジタル化への移行が進んできた状況です。
デジタルカメラに求められているのは、フィルムカメラと同等の自然な表現。たとえば、暗いシーンでも奥行きがしっかり感じられる表現など、明暗にとらわれずフィルムが再現することができるワイドラチチュード(広いダイナミックレンジ)が必要です。デジタルカメラもワイドラチチュードになるほど、映像表現の幅を広げることにつながります。
フィルムカメラは、人間の眼のダイナミックレンジに近く、細部まで潰れずに写すことができるので、撮影後の仕上げ作業であるポストプロダクションの工程で表現の選択肢が残ります。
一方、デジタルカメラでは、暗い部分を撮影すると不自然な黒になってしまうようなノイズが起きてしまうケースがあり、これをどこまで抑えられるかが大きなポイントです。ソニーの『VENICE 2』は、このノイズを抑えながら細部まで撮影できる緻密な映像表現で多くの映像監督から評価をいただいています。

(上村)
映画では暗いシーンでの表現が多く、一般コンスーマー向けのカメラとは別次元のダイナミックレンジが求められるので、ワイドラチチュードの実現には特に力を注ぎました。
イメージセンサーにとって、黒は光がないのでノイズが見えやすくなるため、非常に難しい色味です。黒の再現性はSSSのプロセスデバイス技術の歴史といっても過言ではありません。この黒をベタっとさせずにどこまで緻密に表現できるか、私たち開発チームはこだわりました。

(寺井)
ラチチュードの値が高いほど、映像表現における明暗の幅を広げることができます。
特に、黒の再現性はシネマの画づくりの品位を担うため、ノイズ感も含め、非常に重要な要素となります。もちろん、黒の特性だけを追求して、他のトレードオフになる特性をおろそかにすることはできないので、それらを高いレベルでバランスさせる必要がありました。

カメラの小型化が新しい映像表現を創り出す

── 既存モデルと比較して、『VENICE 2』でアップデートされた部分とは

(大庭)
まず大きい点としては8Kの実装です。8Kで撮影して4Kにダウンコンバートすることで、これまで以上に緻密な映像表現が可能になります。
また、監督からの要望が大きい本体サイズの小型化にも取り組みました。
フィルムカメラは大きくてごついものでしたので、デジタルでも大きくて良いのではないかと思っていた時期がありましたが、さまざまなシチュエーションにおいても撮影の幅を広げることができる小型化へのニーズは年々高まっています。今回は既存モデルから約7割の小型化を目標に開発を行いました。

(上村)
少し話が脱線してしまいますが、『トップガン マーヴェリック』で戦闘機の中のシーンがありましたが、そこでは『VENICE』のエクステンションシステムが使われていました。操縦席の前にカメラのヘッド部分だけを設置して、ケーブルで後方に置いた本体とつなぐことで狭いコクピットの中で迫力のある映像撮影を可能にしています。

(寺井)
エクステンションシステムで使用されているケーブルには、SSS独自の高速インターフェース規格SLVS-ECが採用されています。これにより、映像品質を損なうことなく、カメラヘッド部分だけを伸ばすことができるようになっているからこそ可能になった撮影手法ですね。
エクステンションシステムにより、撮影の自由度が飛躍的に向上したため、多くのクリエイターに大変喜ばれています。

(上村)
インターフェースというと、撮影の幅を広げることにはつながらないように思うのですが、こうした一つひとつの技術の積み重ねがとても大切なのだと実感させられる好例ですね。

(上村)
もう一つ、映像表現の重要なファクターとしてはフレームレートもあります。今回、フレームレートを落とさずに8Kを実現できたのは、とても大きな進化だったと思います。
映画で使われる24fps、スローモーションで印象的な表現をする120fpsなど、フレームレートは映像表現の幅を持たせる意味で重要なファクターです。8K画質になっても、画像処理速度が足りずにフレームレートが落ちてしまったら、映像表現として幅は広がりません。開発の立場では解像度とフレームレートの両立は大きなチャレンジでした。

大事なのは使うユーザーの声を一つひとつ拾い集めて形にすること

── 解像度とフレームレートの両立にはどのような課題があったのでしょうか?

(上村)
既存モデルの『VENICE』と使い勝手はそのままに、アップグレードする必要があったので、120fpsのフレームレートは最低限必須でありながら、画質を上げるというチャレンジになりました。これを実現するためにはこれまでにない技術による、より高速な画像処理が必要で、その技術開発と実用化を同時並行で進める必要がありました。

(寺井)
開発に関しては、7,8年前から上村さんとの対話を重ねてきました。将来的に実現したいことを見据えながら、それを支える技術が現在存在するのか、もしくは今後の開発で可能なのかを共有しながら、開発要件を整理していきました。
今回は解像度とフレームレートに加えて、消費電力も重要なポイントでした。本体の小型化には低消費電力化は必須の条件です。8Kの解像度を実現しつつ消費電力を抑えるという相反する要件ですが、アップグレードの観点では8Kでありながらもより使いやすい商品にする必要がありました。

(大庭)
先ほど話にあったエクステンションシステムの超高速インターフェースを生かすためにも、デジタル信号処理を行うデジタルシグナルプロセッサーの消費電力を抑える必要があります。消費電力が大きいと、インターフェースにさける電力に限りが出てしまい、結果的に撮影の幅の狭いカメラになってしまうからです。

(上村)
新モデルの開発も、新たな技術を開発しないと解決できない課題もありましたし、イメージセンサー単体ではうまく動いても、カメラにセットすると思い通りに動かないという問題も生じました。その都度、チームで原因を調査して、解決策を探るということの繰り返しでした。
また、最終的な画質のチューニングにもとても苦労しました。あらゆる撮影シーンを想定し、「こうしたシーンでは、ここを改良しないと」といった議論をチームで何度も重ねながら、満足のいく画質をめざしていきました。

(大庭)
こうした開発の要件は、決して私たちだけで勝手に決めていることではありません。私たちは撮影監督と話す機会が度々あるので、その際に監督の要望を聞いたり、私たちが考えているエッセンスを見せたりしながら、開発の方向性を決めていきます。一つひとつは細かなことなのですが、その積み重ねこそが現場の満足につながると信じて行っています。エクステンションシステムも最初は監督からの要望で、それに応えようとチャレンジした結果の産物です。

(上村)
今の私たちの開発は、監督からの要望を聞き、開発側から提案を返す。それをフィードバックしさらに監督からの要望を受ける。そのように、キャッチボールを何回もできる信頼関係を築けているのも大きなメリットになっていると感じています。

(寺井)
そうですね。イメージセンサーと商品開発をグループ内で協力して行っているので、開発チーム間のコミュニケーションも頻繁に行えますし、監督との信頼関係も築いているため、迅速なコミュニケーションが可能です。これは私たちの大きな強みだと思います。

(上村)
その分、厳しい要求もありますが、実際に使うユーザーのフィードバックは開発チームにとってモチベーションにつながります。

(大庭)
『VENICE 2』には2つの基準ISO感度を持つデュアル・ベースISOを搭載していますが、この機能は監督からの高感度撮影要望も可能にする機能です。これにより、薄暗い場所でも、昼間の明るい場所でもノイズの少ないクリアな映像表現が可能になり、映像監督からも好評をいただいています。

(寺井)
このデュアル・ベースISOはイメージセンサーの技術があって初めて実現できる機能です。私たち開発チームの努力によって搭載が可能になった独自の機能になります。

(大庭)
品質面で信頼が高まっている点も、監督との信頼関係向上に一役買っていますね。
今のCMOSイメージセンサーはトラブルがほとんどありません。何かあるかもと不安を持たれたら使ってもらえないですから。
先日、「インドの高温多湿の環境下で30日間撮影したけれど、トラブルはなかった」と言っていただけたことも、運用信頼度良好としてアピールできている事例です。

(上村)
量産前の品質検査は非常に厳しいですからね。そういた声をフィードバックしていただけると苦労が報われます。

映画・ドラマ制作のメイン機器としてプレゼンスを高める『VENICE 2』

── 今後、チャレンジしていきたいことを教えてください

(上村)
引き続き映像表現の幅を広げるということにはチャレンジし続けていきます。また、映像文化を支えていく立場として、映像表現の未来を見据えて、新たな映像技術を創造していきたいと思っています。
イメージセンサーは光を電気信号に変える撮像装置というとらえ方ではなく、カメラと一体となって映像の未来を作っていくものという想いで、新しい映像表現の可能性を広げる開発にチャレンジしていきます。

(寺井)
映像文化を牽引しているのはイメージングですが、今後はセンシングも組み合わせて、イメージング×センシング融合による新たな映像文化を創り出したいと考えています。これまでに得ることのできなかった新たな情報を取得し、それらを価値ある情報に昇華させることで、クリエイターに新しい可能性や刺激を提供し続ける存在でありたいと思っています。

(大庭)
イメージングもセンシングも人が大きく関わることです。イメージングは撮像するもので、センシングはそれを使って撮影の為に判断していくためのものです。
これまでの映像制作では、その人が持っている知見などによって大きな差が出ていました。監督をはじめ、クリエイターのみなさんとの対話を通して、その部分を私たちのイメージングとセンシングの技術でサポートできる商品を開発していくことが、私たちの使命だと思っています。
そのためには、自分たちだけで考えるのではなく、いろいろなところに出向いて行って、どのような技術を高めていかなければならないのかをしっかり感じ取りながら進めていかなければならないと思っています。

デジタルカメラによるさらなる映像表現に挑み続ける『VENICE/VENICE 2』開発チーム。インタビューを通して彼らの妥協なき開発への姿勢がひしひしと伝わってきました。今後、どのように映像の可能性を広げていくのか、期待が高まります。